既視感

来世パロ


 鼓動がひとつ鳴るたび、時計の秒針がカチリと動くたび、人は間違いなく死に近づいている。それなのに平然と笑っていられるのは何故だろう。何の根拠もないのに、今日と同じように明日がやって来るとどうして信じられるのだろう?

「そりゃ、あれだろ」

 俺のアホらしい質問に、竹谷はクソ真面目に答えてくれるようだ。

「今の日本は平和だから」
「物騒な事件だって多いだろ。病気とか事故もあるし」
「んなこと言われてもなあ。死なんて意識してたら生きていけないっしょ」
「そういうもんかな」
「そういうもんだろ、ふつう」

 ふつうって何だよ、と返そうとしたけれど、口に菓子を突っこまれて言えなかった。パッケージには期間限定と書いてある。竹谷は新製品や期間限定の食べ物を見ると買わずにはいられない性質らしい。俺はスタンダードな味が好きなのに、よく竹谷に得体の知れないものを食べさせられている。
 三郎も興味本位で新製品を買ってくるけれど、彼はひとくちで満足して俺たちに残りを押し付けてしまう。大食いの竹谷と少食の三郎、いつか一日の摂取カロリーを比較してみたいものだ。
 甘いのにしょっぱい不思議なチョコを食べながらつらつら考えていると、竹谷がいきなり切り出した。

「生きるとか死ぬとか、兵助は突きつめて考えてんの?」

 先ほどの話はもう終わったものだと思っていたから、少し驚く。

「たまに考え込む、かも。ヘン?」
「いや。兵助ってもしかして、前世は武士とか忍者だったりして。明日をも知れぬ、みたいなさ」
「ええ? なんだよそれ」

 輪廻転生、生まれ変わり? ずいぶんロマンチックな発想じゃないか。竹谷の意外な一面を垣間見た気がして嬉しくなる。
 そうだとしたら、俺たちは前世でもこんなふうに共に過ごした時期があったに違いない。前世で深く関わった相手とは魂が引かれ合い、現世でも必ず出会うことになっているらしいから。

「兵助、明日世界が終わるなら何したいって質問、嫌いだろ」
「ああ、嫌いだね」
「やっぱりな」
「最後の日に慌ててしなきゃいけないようなことは、前もってやっておけばいい」

 そう言いながら、迷い癖のある友人の顔が浮かんだ。雷蔵は何をするか迷って、大雑把な結論を出す頃には世界が滅亡してしまうかもしれない。三郎はいつもと同じ一日を淡々と過ごしそうだ。あの肝の据わり方はちょっと尋常じゃないと思う。忍者なんて三郎のほうが向いてるんじゃないか。

「でもなあ」

 竹谷の大きくて温かい手が伸びてきて、頭を引き寄せられた。太陽の光をいっぱいに浴びたシーツのような香りと、それに混じる微かな汗の匂い。声と体温も一気に近くなる。

「理屈で片付けられないことだってあるだろ。俺はきっと、兵助に会いに行くよ。毎日会ってもぜんぜん足りないから」

 息がつまった。
 俺と竹谷の鼓動が重なり合うことはない。いつか必ず訪れる「最後の日」も別々だろう。先に逝くのと後に残されるの、どちらがより苦しいかなんて誰にもわからないけれど、その痛みもちょうど半分ずつだったらいい。
 言葉にならなくて広い胸に顔を埋めると、優しく抱きしめてくれた。初めてこうされたときと同じように、どうしてだか懐かしい気分になる。理由はわからない。竹谷に話したこともない。でも今なら竹谷も同じ気持ちでいてくれるんじゃないかって、俺は曖昧な確信を抱いた。


了 (2009/4/21,4/30タイトルつけて再アップ)
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