愛を紡ぐ

 なんて綺麗な人なんだろう。
 髪を結っている最中だというのに、タカ丸は鏡に映った兵助に見とれて手を止めた。
 ゆるく波打つ黒髪はもちろん、頬に影を落とす長い睫毛、小さな唇、襟元から覗く鎖骨まで愛らしくてたまらない。普段は意志の強さを宿す目も、早朝という時間のせいか幾分とろんとしている。まだ頭が覚醒しきっていないようだ。そのおかげで、タカ丸が作業を中断しても疑問を抱かず大人しくしてくれている。
 このままずっと眺めていたい。だがもうすぐ朝食の時間がやってくるし、それまでには兵助が完全に目を覚まして早くしろと文句を言ってくるだろう。

「兵助くん、きついとこない?」

 兵助はワンテンポ遅れて頷く。
 寝起きの声が掠れ気味で好きだと何気なく言ってから、兵助は朝、あまり口を聞いてくれなくなってしまった。褒めただけなのに、かなり後悔している。

「痛かったら言ってね」

 タカ丸は再び櫛を通し始めた。兵助の髪は結い上げてしまうのがもったいなくて、どうしても時間をかけてしまう。しかし、こうして結った髪を風になびかせて笑う兵助の表情もまた格別で、早くその笑顔が見たいとも思う。つまり自分は貪欲なのだ。久々知兵助に対して。
 豊かな黒髪を持ち上げると、隠れていた白いうなじがタカ丸を誘惑する。この首はたぶん、自分よりも少し細い。
 忍として鍛錬を重ねてきた年月が違うから、兵助のほうが鍛え上げられた身体をしているが、やはり一年の差は大きい。身長や骨格の成長具合で勝負をすれば、タカ丸に分がある。例えばキスをするときは軽く屈まなくてはならないし、手首を掴めばやっぱり細いなあと感じる。そして、どうってことないそれらの出来事も、共有する相手が兵助だというだけで特別になっていく。

「へいすけくん、」

 気づいたときには、黒髪をかき上げて白いうなじに口付けていた。

「ちょっ、タカ丸さん、何して……」

 驚いて振り返った兵助の顎を捕らえ、その唇をふさぐ。強く抱きしめて髪をまさぐると仮留めが外れた。最初からやり直しだ。
 ぎゅっと閉じられた唇を舌先で舐めて、少しだけ強引に侵入した。こういう突発的なとき、兵助は素直に受け入れてくれない。だがそんなささやかな抵抗も愛しいし、生真面目な兵助には「タカ丸さんが無理矢理やった」という名目が必要なのだ。そんな言い訳ならいくらでもくれてやる。この恋ぜんぶ、僕のせいにしたっていい。

「っん、ふ」

 兵助がくぐもった声を上げる。それが喉の奥に直接響き、ひどく腰が熱くなった。
 苦しくさせるつもりは毛頭ないし、これ以上続けると本気で怒られそうだったので、早々に舌を引き抜いた。頭をまるごと抱き寄せる。

「好きだよ。大好き」
「う……るさい。バカ。朝っぱらから何考えてんだ」
「僕はいつだって兵助くんのことしか考えてないよ」

 うっと口ごもり、兵助は耳までほんのり赤くする。あまりに可愛かったから思わず耳たぶを甘噛みすると、みぞおちを殴られた。けっこう痛い。でもそんなことしたって、愛しさが増すだけなのに。
 大げさに苦しむふりをして抱きつき、もう一度音を立ててキスをした。しっとりと湿った唇は柔らかい。乱れた長い髪はぞくぞくするほど色っぽい。自分で仕向けたこととはいえ、朝から刺激が強すぎたかもしれない。これにはくらっとくる。

「……兵助くん、他の人の前でそんな顔しちゃ駄目だからね」
「どんな顔だよ」

 わかってない。が、首をかしげる仕草も可愛い。
 よく言えば天然、悪く言えば鈍感、確信犯なら小悪魔。
 でもきっとたぶん、鈍感なんだろうなあ。タカ丸は苦笑しながら、投げ出していた櫛を再び手に取った。


了 (2009/4/14,4/30タイトルつけて再アップ)
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