peace


 自分の皿に5個目のグリーンピースが放り込まれると、麻生は「おい」と抗議の声を上げた。

「おまえ、もう好き嫌い言うような年じゃないだろう。自分で食え」
「やだよ。まずいんだもん。俺はエビが乗ってるシュウマイがよかったんだ」

 練は麻生の皿にせっせとグリーンピースを移し、そ知らぬ顔で食事を続けている。
 2週間ぶりの電話で開口一番「シュウマイ食べたい」と言われてもさほど驚かなかったし、子供じみた偏食も可愛らしいとしか思えなかったが、麻生は心持ち厳しい声を出した。

「いいか」
「世の中には食べたくても食べられない人がいるんだから食べ物を粗末にするなとか、そういう話はやめてよね。まずいもんはまずい。俺はうまいもんが好き」
「……俺もそうだ」
「でしょ?」

 練を相手に空虚な正論など、いくつ並べてみても無駄だ。
 麻生は諦めて、皿の上に転がるいくつもの豆を一粒ずつ口に運んでいった。確かにうまくない。近所の惣菜屋の売れ残りを、閉店間際に買ってきたのだ。当然と言えば当然なのかもしれないが。

「そもそもさぁ、シュウマイにグリーンピースが乗っかってる意味がわかんないんだよね」
「なんでだろうな。彩りの問題じゃないか?」
「見た目は大事だけど、それでまずくなったら本末転倒じゃん」
「俺に言うな」

 最後の一粒を口に運びかけて、麻生はふと手を止めた。グリーンピースを摘んだ箸を練の方へと向けてみる。口元まで持っていってやれば食べるのではないかと目論んだのだ。
 麻生の発想が意外だったのか、練は目を見開いて「へえ」と言った。

「あんたでも、そういうことするんだ」
「こっちは口の中が豆一色になってたまったもんじゃないんだ。少しは協力してくれ」
「あーんして、って言ってくれたら食べるよ」
「バカ」

 箸先が触れるほど近づけると、観念したらしく唇を薄く開いた。行儀よく並んだ白い歯と小さく覗く赤い舌のコントラストが、妙に落ち着かない気分にさせる。練はそれを知ってか知らずか、ゆっくりと誘うような仕草で箸に口をつけた。
 役目を終えた箸を麻生が茶碗に重ねるのと同時に、練はテーブルに手をついて腰を浮かせた。ネクタイを掴まれて引っぱられる。練の端整な顔が迫ってくる。

「ん」

 気づいたときには唇が触れ合っていて、さっき食べさせたばかりのグリーンピースが口の中に押し込まれていた。面食らっている間に舌まで入ってくる。積極的な舌と一緒に丸い異物がごろごろ動き回るのが不快で、麻生はいったん唇を離してそれを噛み砕いた。

「おいしかった?」

 悪戯に成功したような目をして練が笑っている。
 麻生はビールで口の中のものを流し込んでから、ひとつ提案をした。
 続きは歯を磨いてからにしないか、と。

 end. (2008/6/28)

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