SS2「ガラスの蝶々」後の妄想
重い瞼を苦労して持ち上げると、目の前には透明な蝶がいた。麻生は思わず自分がまだ朽木にいるのかと錯覚を起こしたが、白檀の香りが鼻先を掠める理由がわからなかった。
「目、覚めた?」
頭の上で練の声がする。
「……ああ」
麻生はようやく合点がいった。これは本物のウスバシロチョウではなくて、練の胸に彫られた刺青だ。練が呼吸をするたびに微かに上下して、ふわふわと羽を動かしているように見える。
「あんた、やっぱり姉ちゃんとやってきたんじゃないの」
「まだこだわってるのか、そんなこと」
「すぐ満足して寝ちゃうからさ」
「やってないとわかってるくせに……どれくらい寝てた?」
「二十分か、そんくらい」
透明な蝶が飛び立った。麻生は仰向けに転がされ、練はその腹の上に跨った。
慣れた重みが、体ではなく心を圧迫する。甘美な苦しみは麻生の頬を緩ませた。抗議しようとしても、その声は情けないほど練に溺れていた。
「おい、ちょっと待て」
「足りないよ、ぜんぜん」
いくらか乱暴に押し付けられた練の唇は柔らかく形を変え、麻生のそれに寄り添った。薄く口を開くと、間髪を入れずに滑らかな舌が入り込んでくる。
「ねえ」
唇をつけたままで、練が言った。
「あんた、これ、嫌?」
麻生の右手は練の左胸にあてがわれていた。指先で蝶の羽をなぞる。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、俺が誠一のもんだったっていう証拠みたいじゃん」
「確かにな。でもおまえはもう、誰のものでもないんだろう?」
「うん。あんたは俺のだけどね」
「じゃあ当面、問題はないだろうが」
はにかむような顔で再び舌を絡ませてくる練を、心底愛しいと思った。
朝が来たら言えるといい。
次はおまえと一緒に朽木に行きたい、と。
end. (2008/6/3,6/12加筆修正)
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