誕生日は家で過ごす。
それは誠一が取り決めている約束のひとつだ。誠一本人だけではなく俺の誕生日にも適応されるようになってから、どれくらい経つだろう。嬉しくも何ともなかった誕生日を指折り数えるようになったのは、いつからだろう。記憶を辿っても答えは見つからなかったが、俺は気にしなかった。これからやってくる誕生日を何度一緒に迎えられるかのほうが、ずっと大切だと思ったからだ。
自分たちはいつ死んでもおかしくない。リスクもデメリットも全部呑み込んで、そういう世界に身を置いている。人生の折り返し地点なんて、とうに過ぎているかもしれない。だからせめて、大切なこの日だけは奪わないでほしいと願っていたんだけれど。
『練、すまん。会食が長引いて帰れそうにない』
「いいよ。でかい取り引きなんでしょ?」
『ああ。先に休んでろ』
「わかった。気をつけて」
背後のざわめきが聞こえる。抜け出して電話をくれただけでも、嬉しい。
「料理、冷蔵庫いれとくから。腹減ったらチンして食べてね」
これ以上声を聞く前に切ってしまいたかったのに、誠一は俺の名前を呼んだ。
「なに?」
『悪いな。誕生日なのに』
「いいって。仕事だもん、しょうがないじゃん」
『でもおまえ、楽しみにしてただろ』
「あのさ、俺、今日で36だよ。ガキじゃないんだから」
沈黙。
携帯電話を片手にためらう姿が目に浮かぶ。電話、苦手なくせに無理してる。
「ねえ、大丈夫だって。俺、誕生日がふたつあるから。そっちで祝ってよ」
『なんだ、それ』
「俺はあのバレンタインの夜に死ぬはずだった。でも誠一のおかげで生き延びられた。誠一が俺を生かしたんだよ。だから、1月20日と2月14日の両方が俺の誕生日なの。死のうとした日なんて縁起悪いけど、俺にとっては大事なんだ。……変かな」
俺が黙ると、再び沈黙が落ちた。遠くで誰かが「韮崎さん」と呼んでいる。
『練』
「ん?」
『帰るから、寝ないで待ってろ』
end. (2009/1/27,2011/9/22テキストページにアップ)
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