純白の欺瞞(後編)

 アリスの裸を見るのは初めてではないが、どうしようもなく欲情した。アリスは綺麗で、敏感で、無垢だった。今日までに戯れで抱いてきた、どの女よりも。
 最初は全身をよじって逃げ出そうとしていたものの、何度か出させてやるうちに僅かな抵抗もなくなった。噛ませていたハンカチを外してみても、大声を上げるどころか一言も喋らない。ただ頬を上気させ、息を乱し、目に涙をいっぱいためている。拒絶の言葉すら吐いてくれないのかとがっかりしながら、喉仏を甘噛みした。首筋の薄い皮膚を吸い上げる。その痕は白い肌によく映えた。
 首から鎖骨、鎖骨から胸へと愛撫を施していると、触ってもいないのにアリスが反応を示した。とっさに顔を見れば、頬を真っ赤に染めてかぶりを振る。ちがう、とでも言いたげに。

「アリス、」
「頼む、もうやめてくれ!」

 アリスが左右に首を振るたびに、大粒の涙が散る。どんなに泣いてもやめてやれないということを、どうすれば判ってもらえるだろうか。
 乳首を執拗にこね回し、薄い胸の肉を揉みしだくと、アリスは声を上げまいと唇を噛みしめた。そうやってひたすら耐える姿が一番たまらないというのに。もっと暴いて、乱したくなる。俺の知らないアリスの顔が見たくなる。

「ん、やっ、やだっ、火村っ!」

 もう限界なのだろう。それでも直接触れることはせず、太腿の内側やら足の付け根やらを舌で愛撫する。と、アリスの体がびくびくと震えて、何度目かの絶頂を迎えた。乾きかけた精液の上に、新たなものがかかる。俺はおもむろにそれをすくい上げ、アリスの奥へと指を這わせた。俺の意図に気づいたのか、アリスは信じられないというふうに大きく目を見開き、今度こそ両足をばたつかせて抵抗した。

「火村! あかんって! ちょ……や、あ! あ!」

 アリスの爪先が宙を蹴った。力が抜けて緩んだタイミングを見計らい、人差し指を根本まで押し込む。潤滑剤が足りないと感じたので、手近にあったハンドクリームか何かを指に塗りたくり、再び差し入れる。さっきよりは滑りがよくなったようだ。中指も足して、アリスの中で蠢かす。

「い、いたっ、火村、いたい……っ、も、やめ……」
「アリス、力を抜け」
「あ、やだっ」

 もう少し慣らしてやりたかったが、生憎こちらも痛いくらいに張りつめていた。指を抜き、終わったものかとアリスが虚脱した刹那、押し広げた入り口に己の猛りを突き入れた。
 アリスの受けた衝撃は想像に難くない。声も上げられなかったようだ。

「……む、ら、」
「アリス、力を抜いて、息をしろ。ゆっくりでいい」

 引き絞られるような痛みを堪え、なだめすかしながら奥へ奥へと進んでいく。逃げようとする細腰を掴んで引き寄せる。俺がすべて収まるころ、アリスの唇は切れて血が滲んでいた。それを舐め取りたくて身じろぎをすると、過敏に反応したアリスにひどく締めつけられる。
 もとより余裕など持ち合わせていなかった俺は、あっけなくアリスの中に欲望を放った。自分でする時とは比較にならないほどの快感だった。好きな相手とするセックスがこんなにもいいのなら、世の中のカップルと夫婦はベッドから出てこられないのではないかと本気で思ったものだ。
 二度目は初めてよりやりやすかった。三度目ともなると動きにくさはほとんど解消されていて、俺は狂ったようにアリスを揺さぶり続けた。文字通り枯れるまで。

「……ひむら」

 アリスの上に覆いかぶさって息を整えていると、耳元で掠れた声がした。意思の伴った声だ。俺を呼んでいる。

「手、外してくれ。痛い」

 ネクタイでテーブルの脚に縛りつけられたアリスの手首は、痛々しいほど赤くなっている。が、謝るには遅すぎる気がして、黙って拘束を解いた。殴られても仕方ないだろう。俺は歯を食いしばることもせず、アリスが苦労して体を起こすのを見つめていた。

「火村」

 拳は飛んでこなかった。
 クッキーを嬉しそうに受け取った時と全く同じ動作で両手が差し出され、肩口へと優しく引き寄せられた。頭ごと抱きしめられている。ついさっき非道なことをした俺が。アリスに。

「ごめんな、火村」
「……ア、リス?」
「ひとりで抱え込んで、ずっと辛かったんやな。気づいてやれなくて、すまん」

 何も言えなくなった俺の唇に、恋い焦がれたアリスの唇が重なる。
 それが俺たちのファーストキスだった。


end. (2009/10/5)
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