ダリでサンドイッチを食べる火アリがあまりにも可愛くてカッとなって書いた文です


 火村はテレビ画面に夢中である。似通った二つの事件が三度目の犯行により「連続」だと確定した、らしい。「臨床犯罪学者」の彼がそれに飛びつくのは当然のことだ。助手を務めている私も同様の反応を示していいはずなのだが、我ながら不謹慎なことに、この目はテレビよりも火村の手元に釘付けになっていた。
 食卓には、先ほどまで私が格闘していた料理の数々がある。自炊の得意な火村と違って、私は目玉焼きひとつ作るにも一苦労なのだ。しかし今日は珍しく成功したと思っている。半熟具合が今までにない出来だし、ベーコンだって彼の好みの固さに仕上げたつもりだ。
 それなのに火村は体ごとテレビの方に向かい、私の力作をちっとも味わっていない。さらにバランスも何も考えずに食べるものだから、先にトーストがなくなり、目玉焼きは食べごろを逃し、最後にサラダが残るという有様だ。私は耐え切れずに拳でテーブルを叩いた。

「火村、もう少し考えながら食べたらどうや」
「考えてるよ。アリスも同一犯だと思うか?」
「ちゃうわ! テレビやのうて、俺の作った朝飯に対して感想のひとつでも述べたらどうやと言うとるんや」

 火村は視線を画面からもぎ離し、私の顔を見た。

「それからな、そうやって一品ずつ順番に食べていくのは『ばっかり食べ』言うて、健康によくないんやで」
「知ってる。最近の子供に多いんだろ?」
「ああ。事件に気を取られてる時の火村先生もな」
「腹に入れば同じじゃないか」
「いーや。そんな食べ方しとるから、君は柿の種で最後に辛い思いをするんや!」

 だんだん論点がずれてきたなと自分でも思いながら、サラダにフォークを突き立てた。勢いで器からミニトマトが転がり出る。火村はテーブルから落ちる前にそれをつまみ上げ、口に放り込んだ。
 やけくそになって二枚目のトーストにかぶりついていると、長い腕が伸びてきて私の頬を優しく撫でた。ジャムでもついていたらしい。火村は汚れたはずの指をためらうことなく舐め、「つまり」と言った。

「アリスが不満なのは、俺の食べる順番か?」
「それだけやない。考え事しながら肘ついて食べるのも行儀が悪い」
「あとは?」
「あとは、君は時々、新聞読みながら朝飯を食べるやろ。あれはオヤジくさいからやめた方がええ」
「……うん、それから?」

 「オヤジくさい」の部分で火村の顔が引きつったが、構わず続ける。

「それから、美味いとか不味いとか言うてくれんと、次回の参考にならん」

 なんだか新婚家庭の痴話喧嘩のようだ。誰が見ているわけでもないのに急に恥ずかしくなってきた私は、結論を出そうと焦った。

「ま……まとめるとな、飯の時くらい、煩悩を捨てて俺を構えってことや!」

 しくじった。叫び終わってから失態に気づいたが、私の間抜けな台詞はすでに火村の頭脳にしっかりと刻み込まれているだろう。忘れてほしい出来事に限ってやたらと克明に記憶する厄介な脳味噌に――彼のことだからもしかして全て覚えているのかもしれないが――強烈に焼きついてしまったに違いない。
 どうしていいか判らず食べかけの目玉焼きと見つめ合っていたら、ガタンと音を立てて火村が腰を上げた。再び伸びてきた手に顎を取られて条件反射のように目を閉じる。その日最初のキスは、少し焦げたベーコンの味がした。


 end. (2008/11/21,2009/7/24テキストページにアップ)
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