イタリアへと帰る前夜、いつものことながら俺は一睡もできなかった。
恭弥の体力が続くまで抱き合い、寝かしつけたのが午前三時すぎ。自分も睡眠を取るべきだと分かっていたけれど、残された時間を思うともったいなくて眠れなかった。
外は無情にもどんどん明るくなり、カーテンの隙間から柔らかな陽の光が射し込み始めている。夜が明けるのはこんなに早かっただろうか。愛しい人と過ごす時間は、いつだって流れるように過ぎ去ってしまう。
小さな寝息を立てる恭弥を起こさないように、できるだけそっと体を離した。一晩中眺めていた顔を飽きもせず見つめ、口元を緩ませる。可愛くて、愛しくて、愛くるしい。絶えることのない源泉のように、身の内から愛が溢れてくる。
人種が違うとか年齢が離れてるとか男同士だとかいう問題は、恭弥を前にすると何の意味も持たなくなる。俺たちの関係が間違ってるなんて他人に口出しされたくないけれど、万人から認めてもらおうとも思ってはいない。
ただ言えるのは、自分のすべてをかけて恭弥を愛しているということだ。
我慢ができず手を伸ばし、滑らかな白い頬に指を這わせた。小さな肩がぴくりと震える。目を覚ましてしまっただろうか。恭弥のことだ、あるいは最初から起きているのかもしれない。
「……恭弥」
本当に起こしてしまおうかと裸の肩に手を置きかけたが、すぐに思いとどまった。出発の朝、黙って出ていくのは暗黙の了解だ。これを破ったら、たぶん俺たちは互いに溺れすぎて駄目になる。
恭弥と出会い恋に堕ちて、本当の愛を知った。好きという感情に限界などないこと、自分より大切な相手を想う気持ち、会いたくても会えないときのもどかしさ。教えてくれたのは、誰よりもまっさらな心を持った少年だった。
「愛してるよ」
この場で抱きしめてやれない分の埋め合わせには到底足りないけれど、気持ち全部をこめて囁いた。それから頬に軽くキスを落とし、振り切るようにしてベッドを降りる。
本当はさらってしまいたい。連れ帰って閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくない。胸を焦がすような強い欲望が喉元までせり上がってきて、シャツのボタンを留める指が震えた。
自分らしくない緩慢な動きで、スーツのジャケットに袖を通す。重いドアを押し開けてから振り返り、後悔した。一人では大きすぎるベッドと、そこで眠る小さな恭弥。あまりにも頼りなくて儚げで、思わず駆け寄ってしまいそうになる。
唇を噛みしめ足を踏み出し、なんとか部屋を抜け出した。ドアを背にしてずるずると座り込む。うつむくと、廊下に敷かれた絨毯の模様が涙で歪んだ。
なあ恭弥、俺がどれだけ愛してるか、お前は知ってんのかな。
end.
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